"毒親"メモ(自分語り)

 ざっくりメモ書きんこ。親について。気になる記事があった。

 

anond.hatelabo.jp

 

  1. 幼少期は母親の言動を受容し、その期待に応えようとする
  2. 幼児学童期に自分の親ないし家庭が異常であることに気づく
  3. 気づいた時点では異常ということを認められないため、「親ないし自分の家庭は至極ふつうだ」と思い込もうとする
  4. やがてその思い込みも限界が来るが、「親も人間なんだ、間違っても仕方がない、たぶんこれも親なりの愛なんだ⇒結果として自分ちょっと変わってるけど異常ではない」と思いこもうとする
  5. しかしそのうち現実と思い込みの乖離無視できなくなり、悩んだり精神的に病んだり自分を無理やり抑圧する。もとより自己肯定感が弱いためとにかく自分が間違っていることにして辻褄をつける
  6. 何らかのきっかけで不満が爆発し、親ないし家庭の問題を直視するようになる。自分ではなく育った家庭に問題があることが認められるようになる。憎しみが始まるとすればこの辺りから
  7. 「育ててもらったのだから親に感謝すべき」という善良な人々の言葉に傷つき、自分おかしいのではとますます自己肯定感が弱くなる
  8. 問題を直視した結果、親を憎むようになる
  9. 様々な問題が解決した結果、親に再び理解を示せるようになる
  10. 親を許したように振る舞うことが可能になる 

 

  大体こんな感じのステップを自分もたどってきました。今ステップ9。でもちょこちょこ違う。

1.これはもうそのまんま てか大体みんなそうか

2.主に小学生(高学年?)のとき。幼稚園~低学年の頃はそもそも人とろくに関わってなかったし情報何もなかった。異常とまでは思ってなかったけれど親と仲よさげだったり喧嘩したみたいなエピソード聞くたび「えっ親とそんながっつり関わってんのみんな?」的なことはしょっちゅう思ってた

3.というか今も思ってるし親は至極"普通"であるはず(だからこそ自分にとってはクソなんだけれど)、が、家庭…というか自分と親の関係はちょっと"変"だと今は思う、当時はそれも含め普通と思って(いこんで?)いた

4.これが中2,3~高校生あたり。まさにって感じ。怒られるたび「またこいつメチャメチャ言ってんな、でも自分のこと思ってやってんだろうな」って思いながら黙秘貫くのをしょっちゅう。異常でないという思い込みは現在までに至る

5.大学1~3?自分が間違ってることにしかけたところで「世間様的には間違ってんでしょ~ねまあ俺は神だけどね」という方にこじらせたが結局辻褄つけた点で変わりない

6.爆発というかただひたすら堆積しただけなんだけど大学の某合宿授業で直視した。憎しみってのも確かにこの辺りから自覚

7.5のところでこじらせたおかげで自己肯定感は死守した、善良な人々とはすなわちアホのことなんだよという認識をしつつもやっぱり自分がおかしい(扱いされる)というのも承知しております

8.大4。もうちょいマシな親の元に生まれてれば俺様は神らしくあれたのに的なことすげー思ってた

9.現在。単純に距離置くとどうでもよくなるっすよね。もう許せるぞオイッ

10.祖父母4人とも健在なんだけど誰か死んだらその時かなと

 

至って普通の親なんですけれどまあ内向的だったり諸々な自分にとっては毒親だったポイント

・過干渉

小4のとき学校でトラブって泣きながら家帰って部屋ひきこもったら「何があったの教えてねえねえ」的なのかまされてうんざり記憶が鮮明なので少なくともその時には煙たく思ってたらしい

・怒る

徹底して感情押し込めてるぼくちんえらいと思ってたので人見ない自分でも目に見えるレベルでストレス溜めてちょくちょくビーム撃ってくるの許せなかったかな

ぼちぼち自分と向き合った(わされた)と思うけど感情抑圧するようになったの何がきっかけかいまだ分からないんだよな 幼稚園~中学年のどこかに境あると思うんだけど

・妙な自信

間違ってるのはお前だよだって俺は私は立派な社会人様だからとでも言いたげな。「ナニソレイミワカンナイ」の意で「なんで?」と尋ねつつとにかく正論で殴り続けてきた印象だからそこで愛され感飛んじゃったのかもね、愛されてはいた(んだよな…?)のに。

 

はいまあこんなのどこにでもいる普通の人ですよね。僕が言う普通の人は悪口ですが。

いやでもほんと普通。父上氏皆勤うん十年。母上氏内職しつつ毎日家事。家族の誰か誕生日だとケーキ食べたり外食行く。自分が中高生ぐらいから嫌な顔察されてなくなったがそれまではお出かけやら旅行とかも。お盆と年末年始は両祖父母宅みんなで行って1,2泊。

 

やっぱお前がクソ野郎なだけじゃんって?あっはっはそうかもね~!そう思う~!